自閉症スペクトラム障害(ASD)という言葉を、最近耳にする機会が増えたと感じる方も多いでしょう。しかし、その実態については、まだ十分に理解されているとは言えません。ASDは単なる病名ではなく、子どもたち一人ひとりに異なる顔を持つ、多様な特性の集合体です。このコラムでは、小児科医の視点から、ASDについてより具体的に、そして温かいまなざしで紐解いていきたいと思います。子どもたちとその家族が少しでも前向きに未来を描けるようなヒントになれば幸いです。

目次

自閉症スペクトラム障害とは

自閉症スペクトラム障害(ASD)は、社会性の発達、対人関係の築き方、興味や行動の幅に特徴的なパターンが見られる「神経発達症」の一つです。かつては自閉症(Autism)やアスペルガー症候群(Asperger syndrome)など、複数の診断名に分類されていましたが、現在では一連の連続体(スペクトラム)として「自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder: ASD)」と総称されています。

ASDは、母親や家族の「育て方」が原因で発症するものではありません。生まれ持った脆弱性や遺伝的要素が大きく関与しており、家庭環境によって引き起こされる病気ではないことを、まず強調しておきたいと思います。

ASDの子どもたちやその家族は、さまざまな場面で困難を感じることがあります。例えば、保育園や幼稚園で周囲の子どもたちとうまく遊べない、集団行動のルールが理解しにくい、場面に応じた適切な感情表現が難しいなど、社会的なやりとりの場面で困ることが多いです。また、予定外の変化に強い不安やパニックを示したり、特定の興味に過剰に集中したり、感覚過敏(音、光、触覚など)による不快感から日常生活に支障をきたす場合もあります。

保護者もまた、子どもの行動の背景がわからずに戸惑ったり、周囲からの誤解や無理解に苦しむことが少なくありません。しかし、こうした特性は「わがまま」「しつけの問題」ではなく、ASDに由来するものであり、子ども自身が意図して困らせているわけではないのです。

ASDについて正しい理解を持つことは、子ども自身にとっても、支える家族にとっても、大きな支えになります。小児科医として、ASDの特性を温かく受け止め、その子らしい成長と生活を支える視点を共有していきたいと考えています。

発現時期と診断

ASDは、多くの場合生後比較早期から細かなささやきとしたサインが現れ始めます。

1歳前後に、目を合わせることが少ない、ものを指さしても相手の指さしている先を見ないなどの行動がみられることがあります。

2歳以降では、言葉の発達が遅れる、ものを一緒に見たり体験したりすることに興味を示さない、また同じ遊びを何度も繰り返すといった特性も見られるようになります。

これらの症状は、成長とともに昇じることもあれば、相対的に薄まる場合もあり、個々の跡継いは完全に同じではありません。そのため、単純に年齢だけで判断せず、「その子どもの発達パターンを見ながら総合的に評価する」ことが必要です。

診断は、協調効能や社会性の成熟度、言語発達、細かな行動パターンを細かく確認しながら行われます。実際には、子ども自身の観察だけでなく、家庭、園、学校などでの生活様子も細かく聞き取り、総合的に判断されます。アメリカ精神医学会が定めた『DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)』の基準は主に以下の2軸に整理されています。

  1. 社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応の持続的な障害:
    • 社会的情緒的相互反応の異常
    • 非言語的コミュニケーション行動の欠如や異常
    • 人間関係の発達・維持・理解の困難
  2. 限定された反復する行動様式、興味、または活動:
    • 常同行動、同一性への強いこだわり
    • 固定された興味への強い集中
    • 感覚刺激への過敏または鈍感な反応

これらの特徴が、幼少期から存在し、日常生活に支障をきたしていることが診断の条件とされています。

発達特性や知能のプロファイルを細かく把握するために、以下の検査が使用されることが多いです。

WISC-5

『ウェクスラー・インタリジェンス・スケール』の第5版です。 5つの分野(言語理解、解決性、傾向性、操作記憶、処理速度)を細かく測定することで、子どもの挙動や理解の特性を澄らかにします。

PARS-TR

『自閉症スクリーニング・ツール(補足版)』で、家庭や教職員からのインタビューを通じて、社会性や行動の特徴を測定するツールです。 旧年次期のパターンも確認でき、幼年期からの発達的特徴を細かく把握するのに有用です。

これらの検査では、子どもごとの特性を細やかにとらえることはできますが、何か一つの値が低い/高いだけで、即第にASDの診断が確実に下されるわけではありません。さまざまな検査の結果、家庭、園、学校での生活様子、小児科医や心理師の観察など、複合的な視点を結びつけて、総合的に評価し、診断に致ることが重要です。

小児科医として見るASD

自閉症スペクトラム障害(ASD)において、小児科医は非常に重要な役割を担っています。私たち小児科医は、単なる診断の入り口としてではなく、子どもの成長全体を見据えた「伴走者」として関わっていきます。

まず、ASDの可能性を早期に察知するために、乳幼児健診や定期診察時に、子どもの発達の様子を注意深く観察します。特に注目するのは、協調行動(joint attention)と呼ばれる、他者と注意や興味を共有する力の発達具合です。この協調行動は、通常発達において極めて重要なステップであり、ここに遅れや特異性がみられる場合、早期の支援介入の必要性を考えます。

また、家庭内での親子関係、園や学校での集団活動、友人関係など、子どもが過ごすさまざまな場面について詳しく聞き取り、実際の生活における困りごとや強みを丁寧に把握していきます。こうした聞き取りは、表面的な症状だけでは捉えきれない子どもの特性を理解するために欠かせません。

ASDの診断に至った場合、小児科医は単にラベリングするだけではありません。その子が持つ「できること」「興味を持てること」を大切にし、今後の支援方針や教育環境の調整を支援します。必要に応じて、発達支援センター、心理士、学校や保育園の先生方とも連携をとり、子どもがより生き生きと自分らしく生活できるようにサポートしていきます。

さらに、小児科医は子どもだけでなく、保護者への支援も非常に重要と考えています。ASDに関する正確な知識提供、不安の軽減、対応のコツなどを伝え、ご家庭全体が少しでも楽に子育てできるよう寄り添うことが私たちの大切な役割です。

ASDは「障害」という視点だけでなく、「特性」としてその子なりの成長を見守ることが何より大切です。小児科医は、その成長を支えるための最前線に立ち続ける存在でありたいと考えています。

ASDと診断されたら

ASDと診断されたからといって、すぐに何かを大きく変えなければならないわけではありません。まず大切なのは、「急がない」ことです。ASDの子どもたちは、それぞれ異なる成長のペースと特性を持っています。早く何かを「直す」「普通にする」ことを目指すのではなく、その子自身のペースを尊重しながら、可能性を広げていくことが支援の基本です。

早期にASDの特性に気づき、適切な支援や環境調整を行うことで、子どもの未来の選択肢は大きく広がります。具体的には、得意なことや興味を引き出し、それを伸ばしていくような「新しい体験」を重ねる支援が重要です。体験の幅を広げることで、苦手な場面への耐性を少しずつ育み、社会生活の基盤を築いていくことができます。

この過程では、家庭だけで支えようとせず、地域のリソースを積極的に活用することが勧められます。発達支援センター、小児発達医療センター、療育機関、専門クリニックなどと連携し、必要に応じて相談しながら支援を組み立てていきましょう。また、保育園や幼稚園、小学校など教育機関とも緊密に連携し、支援会議を行ったり、個別の教育支援計画(IEP)作成に関わることも大切です。

周囲の理解と協力を得ることで、子どもが自分らしく過ごしやすい環境を整えることができます。保護者自身も相談先や支援者を持つことで、孤立感や負担感を減らし、安定した気持ちで子育てに向き合うことができるでしょう。

ASDと診断されても、それは子どもに無限の可能性があることに変わりはありません。さまざまな支援を組み合わせながら、その子らしい成長を最大限に支えていきましょう。

最後に

自閉症スペクトラム障害(ASD)は、確かに「障害」という医学的カテゴリーに分類されますが、それだけで子どもたちを語り尽くすことはできません。ASDは一つの「個性」としての側面も併せ持っています。得意なこと、独特な感性、他の人とは違う視点。それらはすべて、その子にしかない大切な資質です。

私たち小児科医は、ASDを単なる病気として見るのではなく、実際の生活のなかで「どのように生きていくか」を一緒に考えていく立場にあります。医療の視点だけではなく、家庭での関わり方、教育現場での支援、地域でのサポートネットワークなど、子どもたちを取り巻くすべての環境を意識しながら支援にあたります。

それぞれの子どもが持つ良い手持ち、つまり強みや興味関心を生かし、ご家庭や教育現場、地域支援と手を取り合いながら、一緒にその成長を支えていくことが私たちの願いです。ASDとともに生きる子どもたちが、自分らしく、いきいきと社会の中で輝けるよう、これからもできる限りのサポートを続けていきたいと思っています。

今後も必要な情報を発信し続け、ご家庭や地域支援の力になれるよう努めてまいります。